竹下製菓株式会社|ブラックモンブラン|ミルクック|トラキチ君|鶴の里|ふわふわケーキ|

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竹下製菓株式会社
■本社、冷菓工場
〒845-8510
佐賀県小城市小城町池の上2500
TEL.0952-73-4311
FAX.0952-72-3211
■製菓工場
〒845-8510
佐賀県小城市小城町池の上2500
TEL.0952-72-5000
FAX.0952-73-4300
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■菓子製造、販売
■アイスクリーム製造、販売
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「思い出のエッセイコンテスト」結果発表

「思い出のエッセイコンテスト」結果発表
 
ブラックモンブラン発売50周年 エッセイコンテスト結果発表
審査委員長 小山薫堂氏

たくさんのご応募ありがとうございました
 
「ブラックモンブラン」誕生50周年を記念して「思い出のエッセイコンテスト」を実施いたしましたところ
たくさんの作品を応募していただけました。本当にありがとうございます。
アイスクリームに対する熱い想いや、アイスクリームにまつわる心温まったりクスっと笑ってしまうような
たくさんの作品をご応募いただきまして、ありがとうございました。
厳正なる審査の結果、10作品の入賞が決いたしましたので受賞者の方の作品を発表させていただきます。
 
入選者の方の作品を以下のスケジュールでWEBページに掲載させていただきます。
 
【発表スケジュール】
 
2019年12月17日 優秀賞(小学生の部)
2019年12月23日 優秀賞(中~高生の部)
2019年12月28日 大賞・優秀賞(一般の部)
 
【総評】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 

どれも共感と気づきに満ちた素晴らしい作品ばかりで、審査にはとても苦労しました。
アイスクリームという食べものの「愛される力」を改めて実感した気がします。

それぞれの人生の中に、それぞれの思い出がある・・・

アイスクリームは「人生の栞」のようなものかもしれません。

 
 

【入賞作品】

 

【小学生の部・優秀賞】

 

「幸せのアイスクリーム」 大恵 貴子さん

 

 わたしが初めてアイスクリームを食べたのは、六才の時でした。赤ちゃんの時から食物アレルギーがあり、にゅうせい品などを食べることができませんでした。アイスクリームを食べている人を見ると、「どんな味がするんだろう?」と気になって、私も食べたいなと思っていました。

 小学校に入る前には、だんだん食べられる物がふえてきて、初めてアイスクリームを食べる日がやってきました。まずわたしは、においをかいでみましたが、においはしませんでした。スプーンで一口すくって食べてみると、冷たくてビックリしました。あまくておいしいアイスクリームはすぐにとけてしまいます。となりで見ていたお母さんがうれしそうにわらっていました。

 アイスクリームを食べると、幸せな気持ちになります。それまではわたしの食べられない物は、家族も口にしないように気をつけてくれていました。でもこれからは、家族みんなで幸せなアイスクリームを食べることができて、うれしいです。

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 

アイスクリームはまさに幸せの味がします。
  自分の体験を通してそれを訴えているので、
  とても説得力がありました。

 

 

「私のブラックモンブラン」 薦田 和奏さん

 

 私は、ブラックモンブランが大好きです。好きな理由は2つあります。

 1つめはまわりについているクランチがこぼれることです。こぼれそうになったらおさらを下におきます。そして、おさらにポロポロクランチがおちます。そのおちたクランチをたべたら私はしあわせになれます。だから、ブラックモンブランが大好きです。

 2つめは、食べ方をかえれる所です。ふつうは、チョコとバニラをいっしょにガブリとたべるけど、私はちがいます。まず、チョコだけ、まえ歯でとってたべて、つぎにチョコをたべおわるころには、バニラがとけているのでバニラのあま~いしるがおちないようにたべます。べつべつにたべるわけです。そしたらチョコレートとバニラがしっかり味わえます。

 この2つの理由があるから、ブラックモンブランが好きです。これを読んでいる人。ブラックモンブランのクランチを食べにくいといわれても、ずっとなくさないでくださいね。

 私が大人になって大好きな人とけっこんして、大好きな子供たちとも、ブラックモンブランをいっしょにたべたいです。

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 

応募用紙のデザインも含めて、とても素敵でした!

 

 

「パパとかじるブラックモンブラン」 谷川 純白さん

 

 ぼくの父はお酒が大好きです。めったに甘いものを食べません。

 ある日、ぼくがブラックモンブランを食べていると父がふくろを手に取って、「昔と同じだな。小さいころは決まってモンブランを食べていたな。」と言った。「一口食べる。」とぼくが言うと「食べてみるか。」と言ったので、ぼくが一口食べたアイスを父の口元に差し出した。父は、少し口を開けパクリと食べた。

「どう、昔と同じ。」「同じかなぁ。もっとおいしかった気がするな。」と以外な答えを言った。

 「きっと昔よりおいしくなっているんだろうけど、食べ物の状況が変わったのだろうね。昔は、食べ物が豊富ではなかったし、モンブランを初めて食べたとき、こんなにおいしいアイスが世の中にあるのかと思ったよ。」「そして、うれしいことに当たりがあったね。」父はなつかしそうに、次々に当時の思い出を話し始めた。一本50円だったとか。当たるアイスは場所が決まっていたとか。

 残りのアイスを食べてしまうと、「もう一本パパと一緒に食べようか。」と思いもよらない言葉が聞こえた。

 「うん、いっしょに食べよう。」ぼくは急いで冷蔵庫からモンブランをとってきて、父と代わる代わるアイスにかじりついた。

 今まで食べた中で、一番おいしいアイスだった。

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 

僕の中で、最後まで大賞候補に残った作品です。
  読み終えた後の読後感がとても心地良かったです!

 

 

 

 

【中~高校生の部・優秀賞】

 

「外で食べて!」 安藤 花綾さん

 

 私のアイスクリーム思い出で、ベランダで食べたブラックモンブランのことです。

 私は、小さいころからブラックモンブランが大好きでした。夏になると、母がよく買ってきてくれて、食べるのがとても楽しみでした。ですが、まだ小さいので食べるのがあまり上手ではありません。ブラックモンブランのかけらをたくさん床に落とすのです。こうなると母は掃除するのが大変です。そんな理由で、私はベランダにあったいすに座ってブラックモンブランを食べていました。私は小さい頃、駅の前に住んでいたので、ベランダからは電車がよく見えました。ブラックモンブランを食べながら、通っていく電車を眺めていたことを覚えています。

 今回、この作文を書く前に、両親に「アイスクリームの思い出って、何か覚えとる?」と聞きました。すると、2人とも同じことを言うのです。「食べるのが下手でボロボロこぼしよったけん、外で食えー!って言ったこと」。それくらい、これは私達家族にとって印象深い思い出です。

 今は、ブラックモンブランを食べなれて、一かけらだって落とさずに食べることができます。ですが、私が大人になって自分の子供がブラックモンブランを食べる日が来たら、きっと私も母と同じように言うのでしょう。「外で食べてー!」と。

 

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 
幼い記憶のエピソードから始まり、最後は自分の将来を語っている・・・
  身近な話ながら、とても夢に溢れた作品に仕上がっていると思いました。
 
 

「あの日のアイス」 田尻 茉優子さん

 

 「今までで一番美味しかったアイスは何ですか」そう聞かれたら、やはり私は「あの日のアイス」を思い出すだろう。

 小学校最後の夏休みに、私はお腹を壊してしまった。当時、毎日お粥を食べていた私が羨ましかったのは、家族が食べていた母の手作りアイスであった。それはごくありふれたアイスだったが、幼い私の目にはまるでキラキラの宝石のように写っていた。そんなアイスを前に、私の心にはずっと「食べてみたい」という気持ちが渦巻いていた。しかし食べたら母に怒られるし、腹痛も長引くだろう。私はよく承知していたが、ついに一人で家にいるときにこっそり食べてしまった。そっとスプーンですくって食べたアイスは美味しいはずなのに、なぜか味気なかった。一週間後、ようやく腹痛も治まり、家族みんなでアイスを食べることになった。みんなの笑い声の中で、気がつくと私は口を開いていた。「実はお腹を壊している時に、お母さんのアイスを食べたんだ。この前は何の味も感じなかったけれど、今日のはすごく美味しい!」その時私は気付いた。「みんなで楽しく食べるアイスこそ一番美味しい」のだと。そして後ろめたさいっぱいのアイスはとても悲しい味がする。みんなの笑顔や笑い声がアイスを更に美味しくさせてくれるトッピングなのだ。私にとって「あの日のアイス」は、大切なことを気づかせてくれた、今までで一番美味しかったアイスなのである。

 

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 
そもそも、味とは何なのか?・・・その最も大切な視点に気づかせてくれる作品です。
 
 

「曾祖母とアイスと私と」 今村 藍子さん

 

 オレンジ色の枠の二人掛けの椅子。曾祖母と私が座っている。曾祖母はカメラに向かって優しく微笑んでいるが、幼い私はカメラには目もくれず、ひたすらアイスを食べている。夕刻の日の光は夏の終わりを惜しむかのようにオレンジ色を鮮やかに輝かせていた。もう会えない曾祖母との思い出。一枚の写真が私の心に強く焼きついている。

 二人の肩越しに長崎の景色が広がっている。そう。あれはショッピングモールにある観覧車の中だった。とても暑い日だったのだろう。曾祖母の手に握られた赤い金魚模様のうちわは、私の方向をむいている。孫や曾孫のためにいつも冷凍庫にアイスを用意してくれていた曾祖母はこの日も私のためにアイスを買ってくれた。食べ方が下手な私を心配してか、握る手元はハンカチでぐるぐる巻きにされている。ただひたすらアイスに夢中な私には分からなかったが、冷たく甘いアイスは家族の暖かい愛情のかたまりだった。今でも祖父母の家に行くと冷凍庫を開けてしまう。曾祖母とアイスが待っている気がして。

 

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 
このタイトルからして、13才とは思えない感性があると直感しました。
  将来、文章を書く仕事を目指してはいかがでしょうか?
 

【一般の部・優秀賞】

 

「三人で分けっこ」 岸本 佳子さん

 

 明治生まれの大姑は、三人のひ孫に一本のアイスを三等分してお皿に乗せて食べさせていた。「ひいばあちゃんのケチ」と言いながらも、三人は夏が来ると「アイスばあちゃん」と呼び、近くの酒屋さんで本日のアイスを買ってもらっては嬉しそうに食べていた。

 「ばあちゃんが子供の頃は、バナナ一本を十人で分けて食べていたんだから、三人で分けて食べられるなんで、ぜいたくだよ。」

と、いつも言い聞かせていた穏やかな口調が今でも私の耳に残っている。

 大姑であるハルおばあさんは、戦争という時代を生き抜き「八十過ぎから本当に幸せ。」と三人のひ孫達を可愛がってくれた。

亡くなって十七年が過ぎた現在は、三人の息子達は生家を離れ都会で各々の道を歩んでいるが、お互いに連絡を取り合いながら支えあって暮らしている様子に、大姑の深い愛情に気づかされ、感謝の気持ちでいっぱいになる。

 そういえば、兄二人が進学のため家から巣立ったとき、「やったあ。今日から僕が長男で一人っ子。」とはしゃいでいた三男が、自分の好きなアイスを選んで食べ始めたものの、途中でお皿を出して私に少し分けてくれたこと、その時の淋しそうな表情が今も忘れられない。

 大姑が、お互いに相手を思いやりながら、分けっこしながら心を満腹にして生きていくことを、さり気ない日常生活の中に根付かせてくれたことを、心から感謝している。

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 
文章力の高さを伺い知ることができる素敵なエッセイ。
  このエピソードを膨らませれば、短編小説にもなりそうです。
 
 

「当たるな!」 冨安 秀喜さん

 

 運はいい方ではない。

 だが一度だけ、すごいことが起こった。

 半世紀ほど前の出来事だ。僕は小学生で、ある夏の日、学校から帰ると、いつもの集合場所の駄菓子屋へ向かった。そこで僕は見慣れない棒アイスを買った。一緒にいた仲間はおそらく違うアイスを買ったはずだ。

 僕たちはアイスを食べながら、その日の遊び場へ向かった。食べ終わるとみんなで遊び始めた。だがアイスを食べ終わった僕は自慢げに残った小さな棒をみんなに見せつけた。

「あたり!」

 僕は一目散に自転車を漕いで、駄菓子屋へ向かった。ここでも僕は店のおじさんに自慢げにあたりバーを見せた。それから新しい棒アイスを貰い、遊び場へ向かい、食べ終わるとまた「あたり」が出た。

 そんなことが、その日は繰り返されたのだ。

 3度目くらいまではよかった。だがそれが4度、5度となると、状況が変わってきた。

 僕が駄菓子屋へ行っている間に、その日の遊び場は別の場所に変わったらしく、戻ると誰もいなかった。

 駄菓子屋のおじさんからも笑顔が消え、だんだん疑いのまなざしに変わっていった。

 それでも僕はあたりバーと新しい棒アイスとの交換を続けた。それはすでに義務のようになっていて、次は「はずれ」が出るよう強く願っていた。

 僕の記憶では、11回目のあたりバーの交換を終えたときだ。僕のお腹が悲鳴をあげた。

 

 最初に言ったように、僕は運がいい方ではない。

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 
「運はいいほうではない」という書き出しから、最後の結びまで・・素晴らしい!
  まさに軽妙洒脱なエッセイです!
 

「ハト部屋の管理人」 岩野 美咲さん

 

 熊本で一人暮らしをしていた時のことだ。私はベランダでお城を眺めるのが日課だった。そのお供にアイスがあればもう最高。至福の時間を楽しんでいると、一羽のハトと目が合った。ハトは隅にあったまだ土が入っている植木鉢のあたりを物件の内見さながら調べ始めた。再び私と視線を合わせ、「ここに住まわせてください。」とでもいいたいのか、首を傾けまばたきをした。私は幼いころから動物に好かれ、呼び寄せてしまう特異体質。部屋に入ると先程食べたブラックモンブランのクランチが落ちていたのを喜んでついばんだ後、安心して鉢に腰を下ろした。しかたない。ベランダの隅を提供しよう。容器に水を入れ、雨避けや日避けも作った。やがて卵を産み、二羽が孵った。子育ての始まりだ。住人はソフトクリームアイスのコーンやモナカも喜んだ。お城のほかに可愛いヒナの成長という楽しみも増えた。感動の巣立ちの後、一家は退去した。ホッとしたのも束の間、次のハトが内見に来た。‘’日当良好、天敵無し、おやつ付き、お城が見える子育てに最適物件‘’という情報がハト界に出回っているのだろうか。空いた鉢にちょこんと腰かけこの物件を気に入った。今度の住人は行儀が悪い。水の容器を何度もひっくり返し、あちこちにふんをした。なんと干していたお気に入りのブラウスにも。その一家の子育てが終わり退去するとすぐに私は植木鉢の土を処分して片づけ、物件の募集を中止した。再びお城を眺めながらアイスを味わうという私のおだやかな日常が帰ってきたのだった。

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 
視点が素敵です。
  こんな視点で毎日を暮らせる学生さんの人生は、きっと豊かなものになるでしょう!
 
 
【大賞】
 

「母の日のブラックモンブラン」 橋本 寛子さん

 

 私は子供の頃から人に贈り物をするのが好きで、お金を貯めては家族に何かとプレゼントをしていた。ある年の母の日、私は三歳の妹を連れて近所のお店へ行き、妹にもプレゼントを選ばせてみた。妹の予算は五十円。すると妹はアイスコーナーに行きブラックモンブランを取り出した。そしてレジへ行くと、「きょうははのひやけんおかあさんにぷれぜんとすると。」と言った。すると店員さんは微笑んで、そのブラックモンブランに真っ赤な大きなリボンをかけて妹に手渡してくれた。家に帰ると妹は母に駆け寄り、真っ赤なリボンのかかったブラックモンブランを母に渡した。母はそれを見て妹を抱き締め、涙をこぼしていた。妹は体が弱くよく入院を繰り返しており、父と母は妹が無事に育つようにと願掛けをしていた。月に一度山の上の神様にお参りに行き、父と母はそれぞれ一番の好物を断つというもので、父は餅を、母はチョコレートを一切口にしていなかったのだが、その時ばかりは神様に許しを乞い、ブラックモンブランを嬉しそうに食べていた。

 それから三十年が経った、父と母の願いは届き、妹は無事に成長して当時の母親の年齢になった。私は自分のプレゼントを覚えていない程この時の記憶が鮮明に残り、今でもブラックモンブランを食べる度に、店員さんの温かな心遣いや父と母の愛を想い出し、幸せな気持ちになる。これが私のアイスクリームの思い出である。

 
【コメント】
 
審査委員長 小山薫堂氏
 
リボンをかけたブラックモンブラン・・・想像しただけで胸が熱くなりました。
 モノを買うということは、想いを膨らませること・・・とするなら、お店の人の対応一つで、商品の価値が変わることを改めて実感しました。


 
 
 

 

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